世の中にはそこそこポンコツがいる


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私は自称ADHDで、先延ばし癖やスケジュール管理ができない片付けができない等、サラリーマンとしての業務をこなすのにまあまあしんどいです。

 

しんどいです、っていうのはもちろん主観的な意見で、私がしんどい、ということに他ならないのですが、私と関わって仕事してる人から見れば、「しんどい」というより「甚だ迷惑」に違いないことでしょう。

 

できれば自分にも他人にもまったくいいことがないこのサラリーマンという職業は早いとこ辞めてしまいたい。おそらく私と関わって仕事してる人たちも「もう早いとこ辞めてくれ」と思っているに違いありません。

 

20代の頃ならそんな自分を責め、なんとかうまくできるように様々な努力や工夫をしたことでしょう。

さらには「自分を変える」などと努力教信者さながらに、いろんな手を尽くして自己改造に取り組んだかもしれません。

 

しかしながら、40も過ぎたおっさんになると、もう「自分を変える」などということは「全くの無駄な行為」だと気付いてしまっています。

20代だろうが40代だろうが、自分というものを変えることはそうそうできません

 

そう、自分は変わらないのです。このままです。

 

でも失敗を繰り返したり、そのために叱責されたり、謝らなければならなかったり、という実際に生じる様々な「あまりやりたくないこと」は確実に増えていきます。

これはなるべくなら回避したい。

ここで家畜牧場である日本の教育システムを通り抜けてきた大半の日本人はたいてい「自分を変える」「努力する」という方向に舵を切りがちです。

 

たださっきも言った通り「自分を変える」のはほぼ無理です。

 

では「やりたくないこと」の発生を防ぐためにはどうすればいいのか。

 

簡単です。

 

対処法を知ること、です。

 

 

 

「自分を変える」のではなく「対処法を知る」 

 

例えば紙をまっすぐに切りたかったらあなたは「手で切る」という選択肢を取らないはずです。

紙をまっすぐに切りたいのであれば必要なものは「定規」と「カッター」です。

 

紙を切る時の方法は大きく3種類あるでしょう。

 

・手で切る

・はさみで切る

・カッターで切る

 

「紙を切る」ということだけが目的ならどの方法でもいいです。

しかしそこに「まっすぐに切る」というタスクが加わった場合、選択肢は通常であれば「定規を当ててカッターで切る」しかこの3種類の中では選べません。

 

ここで努力教の信者たちは

「手でまっすぐ切れるような人間に自分を変える」

ということを目指します。

 

 

 

これ意味ありますか?

 

ないですよね。

 

 

 

つまり、サラリーマン的仕事にも同じことが求められてしまっているのです。

もちろん携帯やパソコンやメールやなんかのツールを駆使することは教えられるし推奨されますが、でも基本的な考え方というか心持ちとして、「手でまっすぐ切れるような人間に自分を変える」ことを強く求められます。

 

「手でまっすぐ切れるような人間に自分を変える」努力なくしてカッターでまっすぐ切れるようにはならない、というのが彼ら(誰?)の基本方針であり主張です。

 

 

本当にそうでしょうか?

 

違います。

 

定規とカッター使えばだれでもまっすぐに紙を切れます。

だってそのために作られた道具なんですから。

 

というわけで、私は自分を変える努力を今は全くしてません

それどころか対処法すら実践していません。

 

 

対処法は学んだのですが。

 

 

そして失敗したり謝ったりするのがむしろ「あまりやりたくないことリスト」から除外され、「まああやまったらいいや」というなんともまあ、ポンコツのおっさんになってしまいました。てへ。

 

世の若いサラリーマン諸君。

 

おっさんはこのようにして有害だと自覚していながらもうそれをどうこうする気力や体力を奪われて老害となっていくのだよ。ごめんね。てへ。

 

で、私はこうして自他ともに認めるポンコツで、みなさん嫌だろうなあ、ごめんなさいよ、と思いながらブラック企業社畜として働いているわけですが、今日は立て続けに私レベルのポンコツが2人も同時に現れて、

 

なんだ、ポンコツってそこそこ生息してんじゃん

 

と妙な安心をしたのです。

しかもこの2人は自分らがポンコツだとはおそらく認識してないっぽいです。

認識してる分だけ私のがマシ、と言いたいところですが、

認識していようがしていまいが、実害は一緒なので私の言い分は全く意味を成しません。

 

そしてこれから2人のポンコツの具体的エピソードを披露しますが、

ただ長いだけでおもしろくもなんともないので、そっとブラウザバックすることを推奨いたします。

 

 

 

車の修理屋がポンコツ

私の社用車が5月くらいから調子が悪く、40キロくらいだすとがたがたと車軸がゆがんでいるような音を立てていました。

折しもちょうど車検だったので、車検終わったら直ってるだろう、くらいに思っていたのですが、車検終わっても全く改善なし。

その旨修理業者に伝えると

「車検通ったんだから問題ない」の一点張り。

いやいやいや、問題あるからわざわざ言ってるんだけど。

なんなら身の危険を感じるレベルなんですけど。

じゃあ、ってことでタイヤを交換する事に。

交換しても全く改善せず。

そう伝えると

「まあ、車検通ったんだから問題ない」の一点張り。

いや、だからさー・・・・。

で、先日代行の運ちゃんに運転してもらったら

「いや、これやばいっすよ」とのことで再度修理業者に。

今度はベアリングを取り換えるとかでまあ半日あれば済む、ってことなので

私もスケジュール調整して車なくてもいいように半日開けたんですが、

夕方電話かかってきて

「ベアリングじゃなくて他の部品が曲がってるから半日じゃすまない、今日は渡せない」と言い出す始末。

まあそこまではいいだろう。

じゃあ今日は別の車でとりあえず帰るから明日にはください」ってことで、明けて次の日。

昨日のニュアンスだと「昨日の夕方には戻せないけど、次の日の午前中には」くらいな感じだったので11時くらいに連絡。

 

私「今日できれば使いたいんですけど何時くらいになります?」

業者「いやー、3時に部品が来るので早くても5時くらいです」

私「は?」

 

いやね、時間かかるんだったらそれはしょうがないよ。しょうがないけど、当初半日の予定が丸2日車使えなくなるんだったらおれ困るじゃん。今すぐ持って来いとかそんな理不尽なことは全く言わないけどさ、今日も使えないんだったら連絡くらいするべきじゃね?

 

というポンコツ修理業者。

 

 

エアコン業者がポンコツ

2週間前からエアコンつけてくれ、ってお願いしてんのに一向に施工日の連絡をよこさず、とうとう私から連絡したら

「あれえ?(下請け)業者から連絡ありませんでしたあ?」

とかすっとぼけたこというから、とにかくいつ行けるのか連絡ちょうだいっつって、連絡来たら

「3週間後じゃないとムリ」

とか言うし、いやいやいやそれじゃだめだって最初から言ってんじゃん、調整してよ、って言ったら

「わかりました、調整して連絡します」

とか言うから連絡待ってたら全然来ないし、とうとう今日つけないともうダメなんだけど、ってなったからまた確認の電話入れたら

「いやうちじゃなくて他の下請け使うからってことで終わってますけど?」

とか言うし

改めてエアコン業者に連絡したら

「あれえ?どっかでおかしくなっちゃってますねええ?」

とかふざけた返答するからさすがに切れて

「いや、あんたさあ、私だいぶ前に頼んだよ?ダメならダメでもっと早く行ってもらえればいろいろ謝りようがあったけど今日の今日で「あれえ?」とか言われてももうどうしようもなくね?おまえが客に謝っとけよ、おれしらんぞ」

というポンコツエアコン業者。

 

 

私の最大のポンコツスキルは「電話連絡が大の苦手」

 

私のいちばん忌避すべき最大のタスクはなんと「電話連絡」。

私はこの電話連絡が大の苦手で大っ嫌いで、携帯とか発明したやつ出てこい、って感じなのですが、これもちろんサラリーマンとして致命的ですよね。

 

で、ぎりぎりまで誰にも連絡しないのですが、まあ前述のこの2人にも同じような症状があるわけで。

 

おそらくこいつらは電話連絡が私ほど苦手では決してないでしょう。

 

でも「連絡しない」という点では電話連絡が大の苦手なポンコツの私と結果は同等レベルです。

 

ああ、電話連絡が大の苦手じゃなくても同じような結果になるポンコツは世の中にまあまあ生息してるんだなあ、というどうでもいいお話でした。

 

 

世のポンコツども。

ポンコツはもちろん迷惑をかける。

でもな、迷惑をかけない人なんていないんだ。

人っていうのは、社会っていうのはそうやって迷惑かけあって成り立ってんだ。

 

だからさ、あんまり気にすることないよ。

 

仕事なんてさ、「ポンコツ」っていう評価もらうだけで別に命に関わってきたりしないから。

 

でも自分がポンコツなら医者とか他人の命を左右する仕事に就くのはやめましょうね。

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

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