「きみのための物語」 6
こっちの世界でたったひとつだけ楽しいことがあります。
それは武武王(ぶぶおう)を倒しに行くための旅です。
怪物との終わりのない戦いはもちろんいやですが、夜になるとテントを張って寝るのです。時には川のほとり、時には森の中、時には洞窟など、その時の状況によっていろんなところでテントを張って泊まるのです。これはまさにキャンプです。
キャンプだけはまさとくんにとってこの上ない楽しみでした。人間も怪物も関係なく、仲間で晩ごはんを作って、みんなでテントでなるのは本当に楽しい時間でした。
もうこんなキャンプを何日したのでしょう。
まさとくんはだんだんとはじめの楽しい気持ちが薄くなって、もうおうちに帰りたい気持ちが大きくなってきていました。
いったいいつになったら武武王のとこに着くんだろう?ぼくは本当に武武王を倒せるのかな?倒せなかったら死んでしまうのかな?もう元の世界にはもどれないんだろうか?お父さんにもお母さんにも友だちにももう会えないのかな?
夜暗いテントの中で眠りにつこうとするとそんなことばかりが頭に浮かんでくるようになりました。でも考えてもしかたがないことです。どうやってこの世界にきたのかもわからないのに、どうやって元の世界に戻れるのかなんてとてもわかるはずがないのです。
さあ、また明日も長い道のりを歩かなければならない。そしてたくさんの怪物と戦わなくちゃいけない。早く寝て体力を回復させないと。
さみしい気持ちこらえながら、まさとくんは眠りにつきました。
とうとう怪物の王、武武王の住むお城にやってきました。大きくて立派なお城です。もともと大災害の前には人間のものだったそうです。えらい人が住んでいたお城に、今は怪物のえらい人、というかえらい怪物が住んでいるのです。人間も怪物もえらくなるとやることは変わらないのかもしれません。
ここにたどり着くまでの旅はとても長いものでした。でも旅が長くなるにつれて、「ゆうしゃまさと」の強さも怪物たちの知れわたるところとなっていきました。弱い怪物たちはゆうしゃの姿を見ただけで逃げ出すようになったのです。戦わなければならない怪物は強い怪物ばかりでしたが、戦う回数はすごく減りました。あまり戦わなくてよくなったことはまさとくんの心をだいぶ楽にしてくれました。もともとまさとくんは誰とも戦いたくなんかないのですから。
城の中にはこれまでの旅とは比べものにならないくらいたくさんの怪物がいました。そしてこれまでの旅とは比べものにならないくらい強い怪物がいっぱいいました。はじめて出会う怪物ばかりです。そしてこれまでの旅とは比べものにならないくらいたくさん戦わなければなりませんでした。
でもはじめて出会う怪物の中には美しいものもいました。なかでもまさとくんが特に気に入ったのは、大きな羽の生えた白い馬、ペガサスと、長い一本のツノを持つ白い馬、ユニコーンです。
どちらも今までの旅で出会った荒々しくて乱暴で気性の荒い怪物ではなく、とても臆病でおとなしい生き物でした。彼らはまさとくんの言葉に耳を傾けてくれました。
ユニコーンは女の子の言うことしか聞いてくれなくて仲間にはなってもらえませんでしたが、ペガサスはまさとくんの心に触れて仲間になってくれました。まさとくんは美しい青白い翼を持つペガサスの背に乗せてもらいました。城の中だったので飛ぶことはできませんでしたが、それでもペガサスは風のように走りました。
この世界に来てまさとくんがいちばん心に残ったことは、このペガサスの背に乗って城を駆けたことです。
キャンプも楽しいものには違いありませんでしたが、やっぱりそれはどこまでいっても「怪物を倒す旅」でした。日を追うごとにこのキャンプは違うという気持ちはどんどん強くなっていきました。まさとくんが望んでいたクラスメイトとのキャンプとはぜんぜん違っていたのです。
まさとくんはここまでいっしょに旅をしてきた仲間たちにここで別れを告げることにしました。
旅のはじめからいっしょだった人間の仲間たち。お医者さんやキャンプの達人、料理人です。
いっしょに怪物と戦えるような強い人はいませんでしたので、まさとくんの旅を少しでもうまく行くように手助けしてくれた仲間たちです。
戦いはまさとくんひとりでしました。この人間の仲間たちはむしろ普通の人よりも弱いので、戦いの時にはまさとくんは仲間たちが怪物にやられないようにいつも気を配らなければばらなりませんでした。それは結構大変な作業でした。
でも、キャンプするのにはとても楽しくていい人たちなのです。
怪物と戦ってばかりの旅で、それでもまさとくんがキャンプを少しは楽しめたのは間違いなくこの仲間たちのおかげです。
そして、戦いでまさとくんの話を聞いてくれて仲間になってくれた怪物たち。まさとくんはこの旅で怪物たちからたくさん学びました。
それは、姿かたちが自分と違っているからといって見た目だけでいやがったりしてはいけない、ということです。同じ人間でもいやな人、あわない人はいる。反対に怪物でもとても好きになれることもある。
そんなこともあって、まさとくんはもともと怪物をやっつけることがあまり好きではなかったのが、旅の途中からは本当にいやになってしまったのです。仲間が傷つくのもいやだし、怪物を傷つけるのもいやでした。
だから、まさとくんはこの城に着く前にはこう決めていました。
武武王とはぼくひとりで戦おう、と。
仲間を誰もなくしたくない。
誰にも傷ついてほしくない。
正直いくらぼくが強いからといっても、怪物の王相手ではどうなるのかわからない。
死んでしまうのならこの世界の住人じゃないぼくひとりだけでいい。
まさとくんはそう思ったのです。
みんなに別れを告げて、まさとくんはペガサスの背に乗って城の最上階、おそらく武武王の部屋にいきました。ペガサスとも部屋の前でお別れして、大きくて立派な扉に手をかけました。
扉は大きいのにとても軽くて簡単に開けることができました。大きな扉を開けると、そこには女の子がひとりいました。
つづく
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